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当金庫について

谷津山ハイキングコース
案内マップ

文化、歴史、自然、谷津山には見どころがいっぱい!

しずおか信用金庫では、より多くの方々に谷津山の散策を楽しんでいただくため、谷津山内にハイキングコース案内看板を設置しています。谷津山には様々な歴史、文化、自然があります。また、公園も複数あるので、小さなお子様も楽しく遊ぶことができます。ぜひ地図を活用し、散策してみてはいかがでしょうか?


見どころ

※上の画像をクリックすると別画面で大きく表示されます。

(旧東海道側から見た)谷津山断面図

                                 ★はピクニック広場を示しています。
かつて谷津山は統一された名前がなく、峰によって清水山、柚木山、正木山、愛宕山と呼ばれていましたが、明治以降南麓の「柚木谷津村」の谷津の文字をあてて『谷津山』と名付けられたと言われています。静岡で初めて電波を受信した鉄塔は、現在も谷津山のシンボルとして残っています。

各紹介スポットの名前をクリックすると、場所が表示されます。 ※google mapを使用しています

清水山公園は明治42年12月に静岡県最初の市立公園として開設され、建設にあたっては静岡茶輸出の功労者である大谷嘉兵衛が公園敷地と費用を寄付しました。清水寺は今川氏輝の遺命によって開かれた寺で、地形が京都の音羽山清水寺に似ていたことからその名が付けられたと言われています。
※清水山公園の舞台からは当金庫の本店を眺めることもできるんですよ。

谷津山1号墳は、静岡市内では最大(全長110m以上)の前方後円墳で、4世紀に造られたと考えられています。谷津山の最高地点標高108mにあり、前方部を清水山方向に向けています。また、谷津山には、この他に2基以上の古墳の存在が推定されています。

探してみよう!「谷津山1号墳はどこ?」
谷津山1号墳は静岡市内では最大(全長110m以上)の前方後円墳で、4世紀に造られたと考えられています。1号墳は谷津山の最高所標高108mにあり、前方部を清水山方向に向け、被葬者は現在、柚木浅間神社の祠がある場所(後円部)に葬られていました。前方部、後円部ともに3段に造られており、表面(斜面)は、拳大の川原石で覆われていました。なお、谷津山には、この他に2基以上の古墳の存在が推定されています。
※現在地は古墳の森公園中央を示しています

谷津山1号墳の後円部にある神社(写真中央)です。神社前の石垣に積まれている扁平な石はへぎ石と呼ばれ、元々、石室の棺の周りに使用されていました。被葬者を納めた施設は、清水区庵原の三池平古墳と同様の竪穴式石室でした。

しずおか信用金庫は平成22年10月に、静岡県および谷津山再生協議会と「未来の森サポーター協定」を締結し、本店近隣にある谷津山再生のための活動に取り組んでいます。平成23年3月には当金庫創立80周年を記念し、日頃整備活動をしているエリアにモミジを80本植樹しました。
秋になるとモミジが紅く色づいており、毎年成長が楽しみです。

今川氏の重臣朝比奈氏の菩提寺として創建された寺であり、江戸時代には徳川家康も度々訪れています。駿府にいた幕臣たちとも関わりが深く、境内の墓地には幕臣たちの墓が多く残されています。

※清水山公園の滝側の階段から登った場所にあります

桜が植えられた広場は谷津山のお花見スポットとしても知られています。この公園からは街中の景色に加えて、北に竜爪山、北東に富士山、東には駿河湾の彼方に伊豆半島、北北西に赤石岳とそれに連なる山々、南アルプスを望むことができます。

10万㎡の境内には多くの樹木が鬱蒼と繁り、谷津山に接して戦没者の御霊を祀る社殿が建っています。もともとは北番町に共祭招魂社として建設され、戦争が激しくなると現在の場所に移されました。

鎌倉時代に上人の弟子日持によって開創されたお寺です。もとは庵原郡北松野(旧富士川町)にありましたが、江戸時代はじめには荒廃しており、徳川御三家のうち、紀州・水戸の始祖である頼宣公、頼房公の生母で家康公の側室お万の方によって再興されました。

NPOまちなびや(谷津山再生協議会)が活動する子どもの遊び場です。
定期的にイベント等が実施されていますので、詳細はまちなびやHPをご覧ください。

http://machinabiya.com/

今川義元の生母寿桂尼の菩提寺であり、駿府の今川館の鬼門として建てられたお寺です。寿桂尼は1568年今川館で没しましたが、遺命により龍雲寺に骨を埋め、永く今川館を譲ろうと祈願したと伝えられています。

龍雲寺本堂背後の山に寿桂尼墓所があります。寿桂尼墓塔は2基とも高さ約2メートル余りの大型五輪塔となっており、昭和37年には静岡市指定史跡となりました。
愛宕山

谷津山の北東の峰は通称「愛宕山」と呼ばれています。地名の愛宕は京都の愛宕山神の分霊を迎えて愛宕大権現としたのが始まりと言われています。室町時代には山城としても利用されていたと言われており、愛宕神社の本殿がある山頂をはじめ、北側・西側に延びる尾根上に曲輪が築かれていたようです。

郷土の森ピクニック広場

ライオン砦と呼ばれる遊具がシンボルになっている公園です。市街地を一望できるほか、天気の良い日には富士山を眺めることもできます。

元亀元年、徳川家康公は、陣中の守護神として崇敬していた騎馬姿の地蔵菩薩〔別名将軍地蔵〕を駿府城の鬼門除けとして愛宕神社に祀りました。毎年2月24日に最も近い日曜日には愛宕神社大祭が執り行われています。

谷津山再生協議会が竹林整備など生物多様性を確保するための活動を展開しています。
この活動エリアでは、地元の学生、市民の方々などと一緒に定期的に活動しています。イベントも随時実施されていますので、詳細については谷津山再生協議会のHPをご覧ください。

http://yatsuyama.jimdo.com/

谷津山散策MAP(google map版)


より大きな地図で 谷津山散策MAP を表示

制作協力

当金庫では、より多くの方々に谷津山の散策を楽しんでいただくため、谷津山ハイキングコース案内看板を制作しました。現在、清水山公園内(滝付近)、愛宕神社参道、古墳の森公園内に看板を設置しています。制作にあたって、多くの方々にご協力いただきました。

愛宕神社、静岡市(生活文化局文化スポーツ部文化財課、 環境局環境創造部清流の都創造課、都市局都市計画部公園整備課)、谷津山再生協議会、NPO法人まちなびや、郷土史研究家 安本收様

ありがとうございました。