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ふるさとトピックス

Step By Step
vol.8

人生の主軸は「お産」にあり。

『感性を大切にしていますか?』


 弟の看病がきっかけで小学生のときに看護師になることを決めたカーコスキー朱美さん(以下、朱美さん)は、高校時代に難民問題への関心を持ち、以来、アジアを中心に世界を旅しながら医療に携わってきました。40歳のときに乳がんを発症するも、苦しい闘病生活を乗り越え、現在は感性と伝統を大切にしながら、助産師としてお産を介助する朱美さんの日常に迫ります。

【On Time】 望み、動けば、願いは叶う。

これまで数多くの命の誕生に立ち会ってきた朱美さんにとって、仕事のやりがいを感じるのはどんなときですか?

 産婦さんが「お産」を振り返り、自分らしい「お産」ができたと思えた瞬間です。お産の日に初めて顔を合わせる産婦さんもいますが、短時間でその人柄等を感じ取って、「いかにその人らしいお産ができるか」を考えるようにしています。母親はお産の苦しみが糧となり、その後の困難を乗り越えられることもあるので、お産の経験を前向きに捉えられるようサポートしています。

※産婦:出産前後の女性

どうして助産師になろうと思いましたか?

 きっかけは、今は亡き、弟の看病でした。小学生の頃は休日になると入院していた弟の元を訪れ、優しく対応する看護師さんと接するうちに、「私も看護師になりたい。弟を助けたい」と思うようになりました。小学校高学年のときには一切の迷いなく、将来の夢を決めていたことを覚えています。
 助産師を志したのは、高校時代に難民問題への関心を持ったことが始まりです。途上国においても、命は日々誕生するので、助産師の免許を持っていることにより、できる役割が増えると気付いたのです。
 看護学校卒業後は東京の国際病院に1年半勤務し、まずは現地を見たいと思い、ケニアに留学しました。

ケニアへ行った感想を教えてください。

 最も衝撃的だったのは、人を助けたくても助けられないという状況でした。家族の一人が医者にかかると、一家が路頭に迷ってしまうほどの経済情勢であったため、道に倒れている人がいても処置が難しいことすらありました。そんなとき、「カルカッタに来るよりも、足元を」というマザーテレサの言葉を思い出し、「まずは日本で、目先の人たちの役に立ちたい」と考え、帰国を決めました。何をするにしても気持ちだけでは何もできず、実力がなくてはならないということ、先進国の医療をそのまま持ち込むことが国際協力ではないと思い、もう一度初心に戻ろうと思ったのです。

帰国後はどのように過ごされていましたか?

 20代は一晩で7人の赤ちゃんを取り上げる等、がむしゃらに東京で仕事をしていました。しかし父が病に倒れたのを機に、「自分の親の最期を看取りたい」という思いで静岡へ帰ってきました。その後、父が亡くなってからまもなくして、今度は自分自身が乳ガンにかかっていることがわかりました。ちょうど40歳のときのことでした。

ガンと診断されてから、朱美さんの生活に変化はありましたか?

 ガンと聞かされたとき、「私の人生もう終わっちゃうの!?何もやってない、私…。」と思いました。まずは10年間、50歳までは生きようと決め、自分のできることから始めました。そして気づいたのは「望めば叶う」ということでした。
 アクションを起こすと、会いたいと思っていた人に会うことができるなど、縁もチャンスも巡ってきました。巡り会える人も変わってきました。
 困難は自分の受け入れ方次第でその後の展開が異なります。来るものは拒まず、物事に対して積極的に取組むようになりました。

ブログや本を書き残しているのは、人に何かを伝えるためですか?

 自分の知らない領域であっても、ある日突然その立場に置かれる、ということはありませんか?親子の関係で言えば、子どもの誕生と同時に、『親』も生まれます。しかし、物は知らなければ始まりません。書き記さなければ残りません。そこで、私は人に何かを教えたり、正しい内容を伝承したりすることは大切だと思っています。
 折しも病気を発症してから、子供たちに「いのちの大切さ」について話す場を頂いており、自分の経験、知識を伝えることで将来の親、日本を支える人を育てることになればと考えています。
知っておくと役立つ、マメ知識!
助産師としての視点が主になってしまいますが、昔の人たちの習わしに知っていると良いことがいくつもあります。
・60℃のお湯を2杯飲むだけで便通が良くなると言われています。外食時に、氷水が出されることが多くありますが、お白湯に変えてもらうと消化もよくなります。
・妊娠中、授乳中は体の冷える生野菜や果物の食べ過ぎに注意してください。胎内にいる子どもは冷えたものを好まず、それを嫌がって動き、へその緒を首に巻いてしまうこともあります。授乳中についても母体が冷え、母乳が冷たくなります。カフェインを含む飲料も程々が良いと言われています。
・妊娠中もそうですが、産後は自分が食べて育ったものを口にするほうが身体に優しいと言われています。日本人なら和食(日本食)を食べると体にやさしく、ほのかに甘い母乳がよく出ます。

【Off Time】 感性を磨く。

気分転換の方法を教えてください。

 私は民俗学に関心があり、伝統的な祭りに行くことを気分転換の一つにしています。神事は昔から意味があって執り行われ、根本には何かに対する願いが込められています。命に向かい合う助産師として、神事に足を運び、自分自身を清め、リセットすることでより良い仕事ができると感じています。
 玄関に旅行かばんが置いてあることも多く、夫には「あちこちくん」と呼ばれていますが、静岡県内の祭り情報が掲載された「静岡県民手帳」は息抜きのアイテムとして欠かせません(笑)

リフレッシュできるお気に入りスポットを教えてください。

 藤枝市北部にある瀬戸谷温泉「ゆらく」です。
 敷地内(建物を正面に見て右斜前)には、「月」をモチーフにした彫刻がシンボルとして飾られているほか、入口付近にある「ちょっくら市」では地元の農産物等を買うことができます。
 満月の日は「お産が荒れる」と言われており、お産と月は切っても切り離すことができません。私のブログ(月あかりの産屋)とエッセイ(月と産声)のタイトルに、月を使用しているのも、私にとって月は特別なものであるためです。

【 瀬戸谷温泉「ゆらく」】 藤枝市本郷5437

◆ ◇ ◆ 輝く女性のお気に入りスポット ◆ ◇ ◆

人生で大切にしているものは何ですか?

 「感性」です。私は19才のときにタイへ行ったのを皮切りに、これまで約28カ国を旅してきました。内10カ国程はアメリカ人の夫に詩や絵画に所縁のある場所へ連れて行ってもらったことで、人生で最も大切なのは感性だと気付きました。とりわけ仕事となると思考が専門的になりがちですが、文学、アート等を自分の目で見たり、触れたりすることで視野は広がり、いつもと違う側面から物事を見れるようになりました。
 近年、誕生日になると、夫とイラスト入りのメッセージを交換していますが、上手、下手は関係なく、絵を描いたり、字を書いたりするだけで感性は磨かれると思っています。

My First Step ~私に人生の新たな一歩を与えてくれた人~

 産科医であり、私の一番の師である吉村正さんです。
 私は「妊娠は病気ではない」と、自然なお産を通じて生き方を提唱する吉村先生に感銘を受けています。先生は感性を一番大切にされています。一緒に働くことはできないものの、先生が頑張っているなら私も頑張ろうと思える方です。私が初めて先生の講演会に参加した際、最後列の席に座っていたにも関わらず、「あなた来ていたよね」と後日尋ねてくださり、「この先生は何かが違う」と思いました。
 吉村医院をモチーフにした映画「玄牝(げんぴん)」も是非ご覧頂きたい作品です。

プロフィール

カーコスキー朱美(カーコスキー あけみ)

静岡県榛原郡生まれ。
弟の看病がきっかけで、小学生のときに看護師になることを決めたカーコスキー朱美さんは、高校時代に難民問題への関心を持って以来、世界28カ国を旅しながら医療に携わる。40歳のときに乳がんを発症するも、現在は助産師としてお産を介助するほか、しずおかの文化新書:連載エッセイ「月と産声」、ブログ「月あかりの産屋」、小中学校の「いのちのおはなし」を通じて、いのちの大切さを伝えている。

次回の輝く女性は・・・

青山文代さんを予定しています。

藤枝市に生まれ、結婚を機に静岡市へと嫁いだ青山さんは、平成元年から民生委員を務め、以来、地域福祉活動に注力しています。
子育支援「子育てトーク」、地域介護「S型デイサービス」等の活動を通じ、地域の赤ちゃんからお年寄りまで、幅広い世代の方々と接するほか、平成25年には地域の居場所「カフェ蔵」の開設に携わる等、地域活動に尽力されている青山さんの日常に迫ります。

今回の取材スポット

瀬戸谷路(せとやじ) 藤枝市

朱美さんも暮らす、藤枝市瀬戸谷は藤枝駅から北に向かい、車で15分程の場所にあります。古くからお茶の生産をはじめとした農業が盛んで、川や緑に囲まれた自然豊かな地域です。
朱美さんは自宅と市街地の道のりを車で走ることが好きで、カーブの先に見えてくる風景を楽しんでいるそうです。